海外ラオスにある小ロットを得意とする縫製工場

CREATIVE BUSINESS CORP., (LAO) LTD.





ドライバーの妹の結婚式に行ってきました。
2016.12.05
 先週末にドライバーの妹の結婚式に行ってきました。

 ドライバーのことは、一緒に働いてるのでもちろん知っています。でも、ドライバーの妹なんて、会ったこともないし、写真も見たこともないし、名前も知らないです。

 そんな赤の他人とは言わずも、名前も知らない人の結婚式に、招待状をもらったら行くのがラオス流です。ラオスの結婚式は、人が多ければ多いほど良いという部分もあるので、とにかく配れるとろこには、招待状を配ります。私も、これまで何十回とラオスで結婚式に出席していますが、新郎あるいは新婦を知っている結婚式は数回です。

 今日は、ラオスの結婚式を紹介します。

 まず、ラオスの結婚式は、バーシーという儀式と披露宴の2部構成です。バーシーという儀式は、親類と本当に親しい友人だけで行います。披露宴は、呼べるだけ人を呼んで盛大に行います。私が今回参加したのも、披露宴だけです。

■バーシーの儀式
 新婦の家で行います。新郎が、家族・親類を引き連れて、新婦の家に行きます、そこで、バナナの葉で作ったオブジェ(?)の周りに新郎新婦、その両親などが座ります。このときおまじない(?)を唱える人が、おまじないを唱えて、新郎新婦の幸福を祈っってくれます。ラオス人のほとんどは仏教国ですが、このバーシーの儀式は、土着の宗教になります。

 この下の写真が、バーシーの儀式です。但し、ドライバーの妹のバーシーの儀式には参加していないので、写真はドライバーの妹ではありません。


■披露宴
 披露宴では、会場の入口で、新郎新婦が迎えてくれます。ドライバーの妹さんは、とても綺麗でした☆


 会場に入るとテーブルが並べられているので、好きなところに座ります。招待状に19時からと書いていますが、20時前に行くのが丁度よいくらいです。それでも、実際にはじまるまでけっこう時間があります。

 この下の写真は縫製工場の面々です。「早く始まらないかな〜、お腹減ったな〜」という感じでしょうか。


 20時半くらいになると新郎新婦が会場に入ってきて、親戚代表がスピーチをして披露宴のスタートです。下の写真は、会場の一番前に新郎新婦と親戚一同が並んでいるところです。


 この後、待ちにまった食事の時間です。料理は下のような写真です。豚の煮付けに、野菜炒め、米の麺をココナッツベースの食べる料理、牛肉を小さく切っていためたものなどが並びます。



 ラオス名物のビアラオを飲みながら、これらの料理を楽しみました。
※飲み食いに夢中になり、盛り上がっているところの写真を撮り忘れました。

 私は22時くらいに帰りましたが、縫製工場の職員の中には0時まで飲み続けた人もいたようです。。

 最後にドライバーとその奥さんの写真。奥さんは、縫製場で働いています。
明日はラオスの建国記念日です。
2016.12.01
 明日は、ラオスの建国記念日で工場はお休みです。祝日が日本に比べてずっと少ないラオスですが、10月からは月に1回ぐらいずつ祝日があります。

 12月2日は、ラオス人民民主共和国(ラオスの正式名称)の建国記念日です。ラオス人民民主共和国は、1975年12月2日に成立し、明日で41年目を迎えます。去年は、ちょうど建国40周年ということで、さまさまなイベントがラオス中で開かれてたのに比べると今年は静かです。

 今日は、ラオス人民民主共和国ができまでのラオスの歴史を少し紹介します。

 1353年 ファーグム王により、ランサン王国が成立する。
 ラオス語で「ラン」は「100万」、「サン」は「象」を意味するので、ランサン王国は「100万もの象の王国」という意味になります。

 1905年 フランスの植民地になる。
 このとき、フランスはラオスに対して愚民化政策を行います。政府の重要な役職は、同じくフランスの植民地だったベトナム人が担ったそうです。

 1949年 フランスから独立し、ラオス王国が成立する。
 しかし、フランスやアメリカの影響下におかれ、国民の中には不満に思う者も多かった。その中から、ラオス共産党が生まれ、内戦になり、1975年の革命へと向かいます。その間、ベトナム戦争に巻き込まれたりと混乱の時代でもありました。

 1975年 ラオス人民民主共和国が成立する。
 現在のラオスの大統領などは、最初はとても勝てる見込のない中、真のラオス人の国のための着くために命がけで戦ったメンバーです。建国のために力を尽くした人々が、政府の中枢にいるというには、新しい国ならではです。

 ラオスは、現在、フレッシュな国らしく、経済成長の真っ只中です!! CBC Laoも縫製業を通じて、ラオスの経済発展に少しでも、貢献していきます!

※ウィキメディアにラオス国歌の日本語訳が載っていたので紹介します。「帝国主義者や売国奴に妨害はさせない」という部分に、ラオスが大国に振り回されてきた歴史を感じます。フランスには植民地され、アメリカにはベトナム戦争のときに、クラスター爆弾を落とされ、今だに苦しんでいます。
(参考URL:https://ja.wikipedia.org/wiki/ラオスの国歌)

ラオス民族はいにしえより 全てのラオ人は心たからか
ちからを合わせ心をつどい 一つの力として協力する
絶対に一緒に前進し ラオスの名誉をたたえる
主権者たるをうながし 全てのラオスの民族は平等である
帝国主義者や 売国奴に妨害はさせない
ラオス人はみな統一と ラオス民族の独立をかかげる
勝利を決心し 民族を繁栄に導く
オーダーしたプリント生地入荷が入荷しました。
2016.11.28
 先週、プリントの生地が入荷しました。この生地は、タイにある姉妹工場が、生地を生地屋さんでオーダーをし、アパレル会社さんからいただいた柄をプリント屋さんに出してプリントしました。

 タイの姉妹工場は、多くの生地メーカーさんとの取引があるので、日本のアパレル会社さんの要望に対して、いろいろな生地を提案することができます。届いたシャンブレーの生地も日本のアパレル会社さんに生地を提案し、選んでいただいたものです。

 次に、タイの姉妹工場では、このシャンブレーの生地を次にプリント屋さんに出します。アパレル会社さんから頂いたデザインに基づいて、サンプル用の生地を作るところから、量産の指示まですべてタイの姉妹工場が行なうことができます。

 この生地を使ってシャツ等を縫製していきますが、このシャツに使う釦もタイの副資材屋さんにオーダーしてものです。

 市販の釦では、希望するものより厚さが厚かったり、光沢が強かったり、あるいは模様がイメージと違ったりしますが、オーダーすることでデザイナーさんのイメージとマッチする釦を手配することができます。

 ラオスには、生地屋さんや副資材屋さんがないですが、タイの姉妹工場を通じて、生地や資材を揃えることができます。



2016.11.28 09:58 | 固定リンク | 縫製のこと

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